| 2011/7/31 | うちは一生涯、野中藍さんが好きやねん |
| 四六コノエ | |
ほな、以上やね。
| 2012/7/23 | 上海旅記 |
| 四六コノエ | |
制作に没頭してて、ふと我に返ったら、日記をずいぶん更新してへんかった。今の進み具合はわりと順調やし、今年の年末にはええ知らせが出せたらええなぁ、って思うてる。
このサイトを見てくれてはる人が、うちらにちょっとでも祝福をくれはったら、ほんまうれしい。
最近は取材(うそやけど)いうことで、魔都——上海に行ってきた。
杭州から上海虹橋駅へ、和諧号。
上海灘、不夜城、マフィア、無秩序の時代——
香港映画の一九四〇~一九五〇年代みたいなキーワードが好きな人は、上海も好きな人が多いんやろね。
夜上海の東方明珠。
上海は経済の中心地やし、街はほんまに華やかやった。せやけど外灘は、当時の植民地時代の西洋風の建物が残ってて、どこか懐かしい味がある。東方明珠のそばの黄浦江には、やたら飾り立てた豪華なクルーズ船がようけ出てて、船には広告までぶら下がってた。
写真撮ってる途中で、ここでウェディングの撮影してはる人らにも出会うたし、上海の魅力って、そういうところにも出てるんやろなぁ。
ヨーロッパ風の建物、たぶん銀行とかそんなん。
それとは別に、上海でいちばん印象に残ったんは、小籠包を売ってる小さなお店やった。さすが小籠包の本場やね。
有名店ってほどやないらしくて、たとえば……近所のうどん屋はんとか、って言うたら近いんかな。でも、その小籠包は、今までの人生で食べた中でいちばんおいしかった。
和平飯店(あの和平飯店なんやろか?)、次に来たらここに泊まりたい。
もちろん、ええことばっかりやなかった。ほかにも、やたら塩辛い𠮷野家とか、インターネットの規制で海外のウェブサイトに入れへんとか。さらに、ホテルのインターネットが二日も切れたままやったり。
せやけど、国際的にも知名度の高い主要都市の一つやし、遊びに来る値打ちは十分あると思う。
それで、今回の余談やけど……二〇一二年十月二十七日の上海のアニサマって、どれくらいの人が行くんやろ。
出演は、水樹奈々、田村ゆかり、茅原実里、藍井エイル、LiSA、鈴村健一……って、めっちゃ豪華な顔ぶれ。
行けへんかったけど、実は田村ゆかりさん、けっこう好きなんよね。
……上海から杭州に戻ったあと、えらい風邪ひいてしもた。
まず全身が熱うなって、その数日あとに喉が痛うなって、全身の関節までだるうて痛い。
胃も、へこんでいくみたいな変な感じがして、もちろん痛い(こっちのお医者さんが薬を出しすぎて、一度にまとめて飲んだからかもしれへん)。
そういえば、台湾におった頃は、家の下にコンビニや軽い食べもんがすぐあったんよね。日本みたいに夜八時で店が閉まってまう、ってこともあらへんかった。せやけど中国は違うて、住んでる場所は都心でも、夜にちょっと何か飲みたくなったら、探して回らなあかんかった。
……ヤクルト飲みたいなぁ。
| 2011/2/19 | セブンス |
| 四六コノエ | |
ビジュアルノベルいうたら、うちは《ひぐらし》と《うみねこ》がけっこう好きなんよ。
竜騎士07さんの文章は、いわゆる美文いう感じやあらへん。むしろ素朴で、まっすぐに言い切らはる書き方やなぁって思う。せやけど、その中に、うちがほんまに好きで、よう影響を受けたところがあるんよ。
それは、描写のリアリティやね。
歴史とか組織、物や場面……そういう細部が、物語の中で驚くほど生々しく感じられる。その手触りこそが、ひぐらしとうみねこの醍醐味なんやろね。
いつかうちも、読んでくれはる人に、そんな作品を届けられるようになりたいなぁ。

| 2010/1/1 | 二〇一〇年、あけましておめでとう |
| 四六コノエ | |
謹賀新年。
前から、こんなことを何度も考えてしもてた。
うちは、いったい何ができるんやろ?何を揺さぶれるんやろ?移ろいゆく世界のなかで、何を刻めるんやろ?何をこの手で灯していけるんやろ?
振り返ったら、今のうちの年頃にありがちな、センチメンタルなもんかもしれへん。
昔はイマを見て、泡沫みたいなユメを見てた——
今は未来を見て、色とりどりの夢を作ってる——
二〇〇九年はいろんなことがあって、ただの夢やったもんに、彩りのインクが染みこんだ。
何かを見つけた、言うてもええんかもしれへん。せやけど、あまりにも脆うて、冷たい風がひとすじ吹いただけで、全部薙ぎ払われてしまいそうや。
これから先、無限のシャボン玉を宇宙まで飛ばしていけるんやろか?
二〇一〇年には、また何を見ることになるんやろ——
……さっき、夜中の一時過ぎに、仲間らとの集まりが終わった。みんなに会うために台湾まで来たんやけど、今年の年末は、はなはんと蕉阿だけが集まれた。
焼き肉の残り炭を寄せて暖を取って、風に散っていく灰をぼんやり眺めて、意味もなく立ってた。
帰り道、二人で歩きながら遠くの花火を見上げて——今年は、こんなふうに終わってしもた。

今は三時五十五分。薄暗い部屋で、はなはんはベッドに横になって、呼吸が規則正しく上下してる。うちは机に向かって東方儚月抄を読みながら、なんとなく、こんな文字を書きつけてる。
そういや、うちとはなはんが好きなんは、妹紅と輝夜やったなぁ。いつかうちらで、新訳・THE竹取物語を作りたい。
……今年、いうても、結局はもう去年になってしもたんやね。
未来のうちらは、ほんまにこの空と宙に手を伸ばせるんやろか。
せめてすべて果ててしまう前に——
咲き誇る花の色を、描き広げていこう——
| 2009/8/10 | 現実になってしまった |
| 四六コノエ | |
小林村事件のあと、すぐにはなはんに電話をかけた。
こんなことがほんまに起こるなんて、思いもしなかったし……一回、あの子の意見を聞いてみたかったんよ。
はなはんは、「そんな気にせんでええんちゃう? ただの偶然やし」って。
たぶん、みんなの中でも、文字と設定を積み上げてるうちだけが、ああいう不安を拾ってしもたんかもしれへん。
虚構の段取りが現実で起きてしもたら、娯楽はもう娯楽のままではおられへん——
| 2009/2/1 | うちは一生涯、野中藍さんが好きやねん |
| 四六コノエ | |
ほな、以上やね。
| 2008/10/31 | 反転詭計 |
| 四六コノエ | |
初めてネットで小説を連載することになって、あと何回か言い回し整えたり誤字を拾ったりしたら、もう載せるだけや。
自分へのご褒美に、今日はちょっとええもん食べに行こ思う。
宵ノ月から派生した作品やけど、夜間思考の未熟な修辞に比べたら、さすがにだいぶマシになった……はずやし、せやけどそれはもう人に見せることはあらへんと思う。
作品の名前は、今はまだ言えへん——「あれ」は、オマージュでもあるし、同時に仕掛けにもなってるから。
ある種の特殊な力を持ち、刃物を使う少女が、一九九八年の台湾・台北県の街で、いろんな怪異事件のあいだを立ち回っていく物語——そういう、先が読めそうな骨組みを土台にして、『反転』を仕込んである。
どういう意味かって?
深うはまった人ほど、種明かしのあとで、きっと驚くと思う。今は、これくらいしか言えへん。
更新はだいたい月に一回くらいになる予定やし、よかったら楽しみにしててな。
それともう一つ。ゲームの名前は『リライト夜夏風物詩』に決めた。RewriteとRelightの、言葉遊びやね。
| 2008/6/24 | 天地開闢 |
| 四六コノエ | |
数年前に、《ブギーポップは笑わない》いうアニメを見たことがある。
当時は、話の全体が何を言いたいんか、よう分からへんかった。せやけど、空気だけはえらい良うてな。現実の中にある非現実、ああいう感触が好きやから、分からんところがぎょうさんあっても、結局最後まで見てしもた。
このアニメに原作の小説があるんを知ったんは、ほんま最近のことや。しかもその小説が——正直、うちの認識を揺さぶるくらいの衝撃やった。作品そのものもおも しろうて、好みにも合う。けど、いちばん驚いたんは、ブギーポップと空の境界のつながりやった。
空の境界が京極堂の文章の調子をなぞってるんは前から知ってた。けど、この小説を読んで初めて気ぃついたんよ。京極堂だけやのうて、空の境界の話の芯そのものが、奈須きのこさんがブギーポップのいろんな要素をいったんほどいて、組み直したもんに見えてきた。
二重人格、根源式、死を扱う力、飛翔と墜落と自殺、浮遊と暗示を植えつける能力者、過去にあった殺人鬼事件、心が歪んだ敵役の告白が拒まれること、支配を抜けた者が最後に黒幕の敗因になること、主人公になりすますこと、特殊な血から作られる薬物……。
挙げだしたら、ほんま切りがあらへん。筋立てだけやなくて、登場人物の作り方や、奥行きのある哲学・理論・心理学の話題まで、そこから汲み上げられてるように思えた。
せやけど、これを盗作やとは思わへん。むしろ「盗作かどうか」いう判断を超えて、変な安心感があったんよ。
どう言うたらええんやろ——高いところにおる思うてた神さまも、実はうちらと同じやった、みたいな感触。奈須きのこも人間で、好きなもんがあって、真似してみたいもんがあって……それなら、うちの手も、あの境界に届くかもしれへん、って。
フェイトの『贋作が本物に敵わない、なんて道理はない』いうセリフとか、臙条巴が荒耶にぶつけた『物事に偽物なんてない。本物も偽物も、結局はあとからくるものにすぎないじゃないか』いう言葉も、もしかしたら作者の内側の投影なんかもしれへん。
借りものの理想でも、心がほんまもんやったら——それが偽物やったかて、何が悪いんやろ。
結論としては、好きな作品にしがみつくより、作者たちの目線に立って、ふだんは触れへんもの、知らんかったものに触れていくことなんやと思う。彼らを形づくって、最後には彼らを通してうちらの時代まで流れ込んできた、根っこのほうに。
そうしていった先で、いつかほんまに、彼らのおる場所まで辿り着けるかもしれへん。そんで未来のどこかで、次世代の幕を動かす番が、うちらに回ってくるんかもしれへん。
彼らがうちらの夢を叶えてくれたみたいに、いつかうちらも、誰かの夢になれる日が来るんやろか——
| 2007/3/28 | 小説通読 |
| 四六コノエ | |
最近、月姫とFateの原作者が書きはった小説《空の境界》を買うて読んだ。
きっかけは、この前の集まりで年上のいとこが月姫の話をして、この本を勧めてくれはったことやった。
「……あんた、こういうの書きたいんちゃう?」
《月姫》の名前も出てきたし、そう言われたら中身が気になってしもて、ほどなくして買いに走ってしもた。
読み終えたあとに残ったんは、二つの感触やった。親しみと、孤独。
親しみのほうは、たしかに自分が書きたいと思うてるもんによう似てたからやね。
たとえば、現代の都市で起こる非現実、現実から取ってきた理論、この世界への自分なりの解釈……。せやけど、これも理にかなってるんかもしれへん。
月姫の書き手やし、何に影響を受けてはるかで、自然とやりたなることも似てくるんやろなぁと思う。
せやけど、物語からは、どこか孤独も感じた。
見た目はええ結末みたいやのに、昔読んだブギーポップみたいに、最後にどうしても、ある種の哀しさが残る。
それに、筋立てから少し離れたところでも、ふとエヴァで言われてた「人は他人を完全に理解することはできない」いう感じがよぎった。
奈須さんの胸の内に、他の人には分からんと思うてはるもん、あるいは分かってほしないと思うてはるもんがあって、読者とは少し距離を置いてはる——そんなふうにも見えてしもた。
もちろん、これはうちの個人的な受け取り方やけど。
| 2006/8/15 | 同人戦記 |
| 四六コノエ | |
台湾の同人誌即売会CWT13に出たんやけど、やっぱりそうそうスムーズにはいかへんかった。
フクロウさんは30冊刷って、うちも30冊刷った。サークル名は希望に満ちてるように聞こえるのに、現実は絶望でいっぱいで、「サークルカットすらない」いう哀しみがあった。
結果は、フクロウさんの画集が5冊で、うちは3冊だけ。ほとんど挿絵もなくて、知名度もあらへん小説が売れへんのは、まあ予想どおりやった。
せやけど、あそこで座って頒布してる感じは新鮮で、「うち、ほんまに何かやったんやなぁ」みたいな満足が残った。
左隣のブースの人はリナリーのコスプレしてはって、めっちゃ可愛かった。売れ行きは、そっちもあんまり良うなさそうやったけど。
写真も一枚、撮らせてもろた。せやけどプライバシーのために、はなはんにモザイク処理をお願いすることにした。

夜間思考は、たぶんもう出さんと思う。次は宵ノ月を仕上げて、敗者復活戦やね。
| 2006/2/17 | ゲーム閑話 |
| 四六コノエ | |
最近ゲームのことについて大きい転機みたいな気づきがあって、この気持ちをブログに書いておきたくなった。
もともとうちらのゲームは、ブギーポップみたいな雰囲気を目指してた。
せやから、ほかのみんなは夜間思考と宵ノ月を土台にして、そこから設計を始められるやろ、って考えてはった。
せやけど、うちはふいに奇想みたいなんが降ってきて、今まで見たことあらへん筋立てとやり方やと思う。これが形になったら、きっと人をびっくりさせられるんやないやろか。
それと、もっとおもろいんは、物語の舞台になる参考地まで決まったことやね。
小学生の頃、初めて台湾のある場所に行ってから、理由よう分からへんまま、そこがやけに好きになってしもた。
書店に行くたび、その土地に関係ある本を手に取って、母にレジで払ってもろたこともあったし、小学生のうちに、その場所を紹介するウェブサイトまで作ってた。
今になって振り返ると、最初からあの場所とはご縁があったんかもしれへん。
さっき言うた「筋立て」と「やり方」が何なんか、あと「台湾のある場所」がどこなんかは、ここではまだ内緒にしとく。
いずれ分かるようになると思う。
